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国登録有形文化財「震災紀念堂」120年忌法要  開催案内

 

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~120年忌法要の概要~

 美濃地方を中心に甚大な被害を及ぼした濃尾地震は、明治24年10月28日に発生しました。紀念堂は、濃尾地震の県下の犠牲者約5,000人を弔うために、明治26年に建立されました。以来、今日まで欠かすことなく法要を行ってきました。本年、120年忌法要を執り行なうとともに、震災紀念堂にまつわる講演会、歴史資料の展示会を開催します。
 濃尾地震の犠牲者の冥福を祈り、紀念堂の歴史と活動を、広く市民の皆様に紹介する機会とします。

◆主催  宗教法人 紀念堂

◆日時 平成22年10月28日(木) 10:00~16:00

◆場 所  岐阜市若宮町2-10 震災紀念堂

◆申込み 不要

◆内 容
(1)120年忌法要  
  飛騨市神岡町 大国寺 住職 杉坂徹英 師     【10:00~10:25】
(2)解説 「濃尾震災と天野若円」 
  岐阜市歴史博物館 学芸員 筧真理子 氏      【10:30~10:45】
(3)講演会 「震災紀念堂の建築について」
  国立岐阜工業高等専門学校 名誉教授 水野耕嗣 氏 【10:45~11:30】
(4)展示会ならびに一般公開
  震災紀念堂と濃尾震災関連資料の展示        【10:00~16:00】
  ※協力 岐阜市歴史博物館

★震災紀念堂について
  浄土真宗本願寺派の僧籍を持つ天野若円(あまのじゃくえん)は、明治23(1890)年の第1回衆議院議員選挙に還俗して立候補、当選しました。天野は帝国議会開会と同時に、愛国と仏教精神の高揚を願い、本部を岐阜に置く政党・愛国協会を設立しました。翌年濃尾地震が発生し、愛国協会の事業として政財界有力者の賛同を得、全国から寄付を募り、紀念堂を建立。明治26(1893)年10月27日の開堂式にあたって、本願寺から本尊の寄贈を受け、犠牲者の霊牌と死亡人台帳を安置し法要を行いました。愛国協会は全国に広がり、会員は11万人を数えましたが、若円没後は次第に衰退していきました。しかし、紀念堂は、地元の人々の協力の下、天野家によって維持管理され、現在も祥月命日はもとより、毎月28日にも法要が執り行なわれており、昭和15(1940)年震災50年忌、平成2(1990)年には100年忌が営まれました。
  紀念堂は同種の建物として、日本最初のものであり、平成18年(2006)年8月3日に、造形の規範になっているものとして、国の登録有形文化財に認定されています。平成17~19(2005~2007)年には耐震補強工事を行いました。

★濃尾震災について
  明治24(1891)年10月28日(水)午前6時37分、本巣郡根尾谷(現本巣市根尾)を震源地として発生しました。地震のエネルギーは、M8.0以上(阪神淡路大震災M7.2、関東大震災7.9)で、世界でも最大級の内陸直下型地震で、31日までに烈震4回、強震40回など余震は720回を数えました。

 県内で死者4,889人、全壊・焼失家屋88,011戸を数え、現岐阜市域(柳津地域を除く)で死者1,380人、被害家屋19,701戸に上りました。

◆交通アクセス
  ※駐車場はございません。
  ※岐阜バス
 JR岐阜駅前バス亭11番12番、名鉄岐阜バス亭4番のりばからN系統(長良方面)のバスに乗車し、バス亭「柳ヶ瀬」あるいは「市役所南庁舎前」、下車。徒歩5分です。

 

 


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