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2.長良川文化フォーラム2006

長良川文化フォーラム2006

 平成18年3月4日に岐阜市文化センター2階小劇場で行われた「長良川文化フォーラム2006」には150名ほどの方に参加していただき、長良川の素晴らしさを分かち合うことができたかと思います。その長良川文化フォーラム2006を無事開催できたことを、協力していただけた各団体・個人、その他ご参加いただいた皆さまに感謝したいと思います。

◆オープニング
 
 オープニングとしての岐阜高等学校音楽部によるミニコンサートで幕を開けました。曲目は「追分節考」「五木の子守歌」「俵積み唄」「岐阜県民の歌」「長良川」の5曲で最後の歌「長良川」は25年前、岐阜市科学館の開館まもないころに作成された歌で、歌われた当時のテープしかなかったのですが、テープを基に音楽部顧問の中村美代子先生が楽譜を起こしていただき披露していただきました。
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◆長良川◆

聞いてください せせらぎに

蛭ヶ野あたりに 行った時

小さな山に   生まれてる

川の生い立ち  知っているかと

金色の旅の   はじめに

ほほえみ浮かべ 流れる唄を

 

聞いてください 渡り鳥に

長良の川原に  行った時

春になるまで  帰れない

故郷の川を   思い出すかと

銀色の旅の   合間に

つぶやき残し  流れる唄を

聞いてください 魚たちに
夕暮れの土手に 行った時
松宵草の    咲いている
青い瀬や渕   覚えているかと
金色の旅の   終わりに
囁きながら   流れる唄を

囁きながら   流れる唄を


◆基調講演
 シンポジウムでは「文化でつなぐ長良川-世界に誇りうる長良川と今後-」という題で、丸山先生の基調講演で始まりました。
04.03.06_2.jpg 基調講演の中では、都市を流れる川で長良川ほどの清流はなく世界に誇ってよい川で、その長良川の概要として岐阜県内最大の河川で全長は166キロ、流域は木曽三川として見ることができ面積は2043平方キロ、上流の山地は年間降雨量が3000ミリを越える多雨地帯となっており、川の流量が大変多くなっている。江戸時代中期までは郡上川と呼ばれたり、青染物の群青のような川と言うことで藍川と呼ばれていました。本流筋は上流から郡上・美濃・関・岐阜・瑞穂・羽島・海津と7市を流れているし支流筋となる鳥羽川・伊自良川流域の山県市、糸貫川流域の本巣市も含めると流域人口は約90万人にも及びます。これも豊かで美しい水があるからで、豊かな水は農業にも貢献しており、曽代用水という美濃市曽代の長良川左岸から取水し関まで長さ約25kmの農業用水路は、江戸初期の寛文9年(1669年)に竣工され。今でも、美濃市と関市の水田を灌漑しています。これ以外にも各務用水や忠節用水といった用水路をつくり、農業をおこなってきています。河川が生み出す扇状地も支流域では見ることができ、扇状地農業地帯もあります。河川改修によって旧河川敷となった地域では、適正にあわせて細目大根(守口だいこん)や枝豆が栽培されて全国的に有名です。
 長良川に支えられる伝統産業や伝統工芸として美濃和紙、楮のさらし、郡上の本染め、郡上の漁具、岐阜の和紙工芸などがありそれぞれが長良川の水や、水運、恵みを利用して行われてきています。
 独自の文化としては、まず1000年以上の歴史がある鵜飼が上げられます。これが今は岐阜市長良と関市小瀬の2か所で伝統漁法が受け継がれています。その漁法は,夏期の夜,篝火を焚いた舟で川を下りながら,魚を獲ります。12羽あるいはそれ以上の鵜を鵜匠がさばきながら漁をするもので,世界の鵜飼漁法のなかでも,技法的に最も完成されたものです。そして鵜飼を始めとして川で採られた川魚料理などの食文化というのもあります。また、白山信仰や高賀信仰のメッカとして長滝白山神社と長滝寺、関市洞戸高賀に所在する高賀神社があります。その他にも文芸者や画家を育んできた。
 現在に目を移すと、川を守る運動が展開されてきている。岐阜市が行っている「たずさえの森」事業や、NPO法人長良川環境レンジャーが上げられます。
 平成13年にはNPO法人地域文化情報コンソーシアムが作成した、「長良川水文化デジタルアーカイブ」が150を越えるコンテンツをもって、世界に情報発信を行っています。
 このような内容の話をされ、長良川がこの流域に生活する人々にとりいかに重要で素晴らしいものであるかを、わかりやすく説明していただけました。

◆パネルデスカッション
 続けてパネルディスカッションが行われました。まず基調講演をされた丸山先生を除いたパネラー3人の自己紹介と長良川との関わりなどについてお話しいただきました。04.03.06_3.jpg川尻さは「森の生活文化をお伝えします」と名刺に書かれてみえるように、当時良かったであろう環境を呼び起こすための里山活動をしてみえ、都会と森を結ぶ事に力を注いでみえます。長良川との関わりは学生時代に県庁所在地の川で泳げることを驚く友人に自慢したことがきっかけだそうで、川をきれいにすることに役立っている微生物には森や山から出てくる腐植酸のフルボ酸鉄というが重要で森づくり山づくりが川で泳げることにつながるそうです。
 柴田さんは平成10年に岐阜市内の長良川の啓発と清掃活動をする団体を立ち上げられました。しかし、川全体をきれいにしないといつまで経っても目の前の川が美しくならないということで、長良川全域としたNPO法人長良川環境レンジャーを立ち上げられました、先ほどの清掃と啓発活動以外に、調査・研究と環境教育を活動目的としてみえます。環境教育では子供達に環境のすばらしさ、大切さを実際の現場で遊びながら学ばせているそうです。
04.03.06_6.jpg 山下鵜匠は鵜匠になられて46年目だそうで、ずっと長良川と関わってみえました。食べられるものも長良川流域の米、川魚、大根や芋を食べてみえるそうで、まさに身も心も長良川共にあるような生活をしてみえます。鵜飼は観光目的である「見せ鵜飼」を行っているというつもりはなく、昔から行っていた原始的な漁法を行っており、それを観客が見ていると考えてみえます。
 丸山先生は調査の関係で35年ほど前に山下鵜匠のお父さんと話したことがあるそうで、当時鵜飼の未来を大変心配していたそうで、今も状況はあまり変化してないが不安を感じてみえるそうで、今後を担って行くであろう子供への教育と間接的に川を守っている山や森づくりは大切さを増していくと考えてみえられるようでした。
 その後とっておきの話として、鵜飼に使われる松明(たいまつ)はウダイカンバ(鵜松明樺)という樺であり、雨が降ってもすぐ燃えるそうで山で育てていかないといけない。長良には川祭りという夏のお祭りが行われていたが廃れてしまっているが何としないといけない。岐阜の街中にはたくさんの用水が流れていて、ほとんどが蓋をされてしまっているが、開けることによる水のまちづくりができるのではないか。食文化としておいしい水を生かしたお酒造り、ビール、素麺などあるが、鵜匠さんが家で作ってこられた熟れ鮨が絶品です。ただ、山下鵜匠によると熟れ鮨はつくるのがめんどう(大変)だそうで、とても金儲けの対象にならないそうです。実際に熟れ鮨はお世話になった人へ贈る贈答品という扱いだったそうです。鵜にも働き者と怠け者がいて、怠け鵜には教育をきっちりと行う。カワウの被害が最近いわれているが、カワウがいる間は川に魚がまだいる証拠であって、川に魚がいなくなったらカワウはいなくなってしまう。そうなる前に川をよくしないと行けない。
 といった話を聞くことができ、会場ではホゥという驚きや、ウンウンといったうなずくシーンがみられました。
 コーディネーターの富樫先生が、今後も川に出ていろんな作業をしないといけない。すぐには変わらないかもしれないが続けていかないといけない。と締めてくださり、シンポジウムは幕を閉じました。

◆長良川百景フォトコンテスト2006 表彰式

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長良川百景フォトコンテスト2006











◆長良川文化宣言

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   長良川文化宣言

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